台風 [私感]
この時期の台風としてはかなり強い勢力だったらしい。被災された方にはお見舞い申し上げます。
が、誤解を恐れず言いますと、『台風銀座』に住まう者と致しましては『普通』にあたる台風でした。台風の左側に入ったせいもあると思いますが、思ったほど強くなかったというのが感想です
朝一で家の前を流れる『四国三郎』の様子を見に行きましたが、「水、少なっ!」って思いました。私の小さい頃は、あれだけ雨が降ると堤防の中ほどまで水位が上がって、立っている堤防が揺れてるのを面白がってた記憶があります。私が見た最高は堤防の天端から2mくらいのところまで水面が来てたのがあった。いつも見る吉野川と違い、川原がなく堤防から対岸の堤防までの川幅になみなみと水が流れていく吉野川は、子供心に強烈なインパクトを与えました。
あのときから思うと、ほとんど増水しないなぁと思います。ダムの力ってすごいね。ついこの間まで「渇水、取水制限」なんて言ってたのにもう満水、どころか放流しなきゃならないくらいなんだから・・・もうひとつダムがあればこの流されている水の一部を溜めておくことが出来るのになぁ・・・って、いつも思います
「自然を守る・・」云々言ってる方々はどう感じてるだろう。ダムを造ることによって確かにある程度の自然は破壊されるかもしれないが、私たちの生活はよりよく守られるんじゃないか?って言うのが私の考え。住んでる人々の生活を守らずして、そこにある自然は守れない。自然と共に生きるとはそういうことだ。
私、いわゆる『市民団体』って言うのが大嫌いなもんで、この人達が政を行う人達に『圧力』をかけているのが腹立って仕方ないんです。そりゃ本当にまじめに活動される方もいらっしゃいますが、ほとんどが『反体制・非政府』の輩の支援を受けている。
数年前、住民投票までに発展した『第十堰改築問題』なんかその典型でしたね。住民代表とは名ばかりで、ほとんど『活動家』に操られた運動だった。それに便乗してきた政党もあったな・・代表がわざわざ来てなんかアピールしてた。(その党代表って、今は幹事長なんですけど・・・降格? 笑)
本当の地元住民なら「第十堰」なんて言わない。「第十の堰」(だいじゅのせき)って言うんだ。これは北方(きたがた。吉野川北岸)の人なら、自然とこう呼ぶ。南岸の人、つまり「第十」の人は「お堰」って言ってるよね。だけど、そんな呼び方してた『住民代表』は一人もいなかった。たぶん、地元に住んでいても最近引っ越してきた人達なんでしょう。第十の堰の事なんて良く知らないのに「自然を守る」っていう言葉を利用して周辺住民を巻き込んで、反体制運動をしたんだと思う。
実際、その時まで第十の堰を見た事あるのか?って思わせるような発言もあったし、見た事ある人でも『平時』の姿しかないだろうね。『非常時』つまり、台風が来たときの第十の堰はその姿を一変させる。あの水量が5mの堰を越えるために蓄えたエネルギーはとんでもない力になる。その度両岸の堤防は悲鳴を上げている。以前は所々水が噴出し、消防団の人達が土嚢袋を積んでいた。私の親父も度々かり出されていた。
その時知ったのは、『河川の堤防は下部の方から壊れる』って事。水位の上昇した水はその重さで堤防の盛り土に浸透し、土をやわらかくして堤防の土台を崩していくんだ。だから、堤防を高くしても意味は無い、反対にその高くした堤防自身の重さで余計に崩れやすくなる。高くするには幅、つまり底辺を広げないと帰って強度を下げることになるんだ。
当時の建設省は洪水時の水位を下げるべく『可動堰』を計画してたが、反対してた『住民代表』(?)は堤防のかさ上げを主張してた。
この第十の堰は、元々徳島城の堀に常時水を張れるように、本来はここから北へ流れてた吉野川から運河を掘ったんだが、流れに対して直線的に掘ったため、水の性質(低いところへ流れる)上こちらが本流となってしまい、本来流れてた流域に水不足や塩害が発生して農作物に被害が出た。それの対策で堰堤をこしらえて本来の流れを確保しようとしたもの。だから、人工物であって『自然』の物ではない。だから「自然を守る」というのはちょっとおかしい。
この堰は、川をせき止めて分水しなければならないが、洪水のときは流れを妨げる障害物なので、扱いが非常に厄介だ。だから当時の建設省は「通常時は川をせき止め、洪水時は障害にならない」物が必要として『可動堰』を建設して、今の固定堰を取り除こうとしたわけだ。十分、理にかなってるし、県としてもそういう風に要望してた。
だけど、あの反対運動、そして住民投票。あの時私の周辺に計画反対者はいなかった。私も改築は必要と思ってた。あの第十の堰の姿を見て、「このまま残せ」と言える神経が私には判らなかった。地元民である私には、あの『住民投票』の権利は無かった。堰が実際にあるところの『住民投票』では無かった。アメリカの大統領選挙を日本でやるようなものだった。
第十の堰が政治利用されたのが悔しかったです。その後の知事選や県議選で争点になってしまい、本来の堰のあり方をひとつも議論しなかった。地元メディアも反体制がカッコいいと勘違いして報道してたし・・・2004年の台風で周辺住民が避難してたなんて、地元では報道されなかった。(かなり危なかったらしい・・)
あれから数年経つがあの『住民団体』は活動してるのかな? 団体の代表は徳島市長選に立候補したが、『住民投票』した市民に落選させられたし、余勢を駆って当選した知事は『県民』に不信任されたし、今年の県議選であの『団体』系の議員はことごとく落選したし、結局あの騒ぎは活動家に乗せられた普通の住民が振り回されただけだったんだな。
騒いだだけで何も改善されてない。むしろ国家予算の縮小であの堰はもう改築できなくなったんじゃあるまいか?あの痛々しい姿で何十年持つのだろう? 浅はかだね・・・・・・
と、こんな事を台風が来るたびに思うのです。「脱・ダム宣言」なんて言ってる政治家もどきがいたけど、こんな台風みたいな大雨を植林などの『自然のダム』なんて役に立たないんです。だって、水を溜める林や森ごと流されちゃうんですから・・・日本の、特に四国の急斜面で自然の保水力は期待できませんよ。頭の中が『お花畑』なんでしょうね・・・・
おりしも参議院議員選挙の真っ最中。判断を誤らずに、古い言葉だが『清き一票』を投じたいですね。













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